「コ/コ/ロ」パロディ
※土井くくで「コ/コ/ロ」のパロディです。
・近未来
・人間×ロボット
以上がおKならどうぞ〜
西暦2997年。土井先生が死んだ。
天才的な科学者でありながら、不遇の人生を送り、最後まで誰にも認められることなく、誰にも看取られることなく、一人で逝ってしまった土井先生。
私は先生がこの世に残した最後の作品になった。人工知能を搭載した人型ロボット…その出来栄えは「奇跡」だと、人は言う。
土井先生は私を兵助と呼んだ。幼い頃に親を失くし、妻も子もなかった先生にとって、私は唯一の家族だった…そう、遺言に書いてあったのだ。本来なら家族とは、血縁もしくは絆によって結ばれた人間同士の共同体であって、ロボットである私には適用されない。
私には一つだけ足りないものがある。天才的科学者の手をもってしても、完成させることが出来なかったもの。それは【ココロ】。
身体の弱かった土井先生が、命の終わりまで、私に作り続けていた【ココロ】。嬉しい、悲しい、楽しい、寂しい…たくさんの気持ちが詰まった【ココロ】があれば、兵助も笑ったり泣いたりすることができるようになるよ、と、先生はおっしゃっていた。
それが一体どんなものなのか、ロボットの私には想像もつかない。だけどそれがあれば、私も人間のように、喜怒哀楽を表現することができるようになるのだろうか…
「知りたい」と思った。先生や人間が持っている、私にはない【ココロ】。何より、先生が最後まで私に与えようとしてくださったそれが、一体どんなものなのか、知りたいと思った。
もうすぐ更地にされる予定の、先生のラボ。先生が座っていた椅子、先生が向かっていた机、そして先生が使っていたコンピューター…この中に【ココロ】がある。
「…」
(…土井先生、貴方は私に何を求めて、私をお造りになったのですか。何が貴方の望みでしたか。私は少しでも、貴方のお役に立てたでしょうか…)
今となっては、何も答えてはくださらない土井先生の代わりに、私は未完成の【ココロ】に答えを求めた。無線LANを使って、私の中に【ココロ】をダウンロードする。
「…先生…これは…」
【ココロ】の中身、それは記憶だった。私が造られてから、先生が死ぬまでの、先生と私が過ごした日々の記憶。
私が初めて自ら考えて、先生のためにコーヒーを入れた時、先生はとても驚いて、私を問い詰めた。今思えばあの時、先生は私に【ココロ】が芽生えたのではないかと思ったに違いない。
だけどその時の私は、単に先生の生活リズムや行動パターンから、そろそろ喉が渇く頃じゃないかと推測して、コーヒーをお持ちしただけだった。
「私は先生のお役に立てるように行動しているだけです。プログラムはロボット三原則に則って構成されています。」
先生は少しだけ哀しそうに笑ってから、私を膝に乗せて、その時初めて【ココロ】について話して聞かせてくださった。
【ココロ】は胸の中にあって、嬉しい、悲しい、楽しい、寂しい…たくさんの気持ちが詰まっている。【ココロ】が楽しいと笑顔になる。悲しいと涙が出る。寂しいと胸が苦しくなって、嬉しいと胸があたたかくなる、と先生は言った。
私にはよくわからなかった。人間があたたかくなるのは、体温が上昇した時だし、苦しくなるのは、身体機能に重大な問題が発生した時だ。それに、私はロボットだから涙は出ない。
先生は私の手をとって、ご自分の胸にあてた。私の手の平に、先生の規則正しい鼓動が伝わる。この胸の中で、先生の心臓が脈を打っているのが分かる。先生は、そこに【ココロ】があるのだと言った。
「兵助が私のためにコーヒーを持ってきてくれて、私は嬉しい。だから心があたたかいよ。」
ありがとう、と先生は言って笑った。それから、私がいるから、【ココロ】が楽しくて笑顔になるのだと言った。
「…」
私は自分の胸に手をあててみた、そこはあたたかくもなく、冷たくもなく無機質で、何の音もしない…私の【ココロ】は空っぽだった。あの時、まだ私は、生きてすらいなかったのだ。
【ココロ】は先生との沢山の記憶を私の中に思い起こさせた。
目を閉じれば、瞼の裏に浮かぶ…「お前の名前は兵助だよ」と言って笑った、嬉しそうな先生の顔。
「博士なんて呼ばれるのは恥ずかしいからやめてくれ」と言って、照れ臭そうにそっぽを向いた先生の背中。
フリーズすると抱きしめてくれた先生の腕。私の頭を撫でてくれた優しい手の平…何もかもが思い出される。
もう二度と、蘇ることのない、先生と私のかけがえのない日々…
(ああ…)
…その時ようやく、私は理解した。そう、もう二度と、土井先生に会えないということ。それはとても「寂しい」ということ…
(そうか、これが…)
私を膝に乗せてくれることも、抱きしめてくれることも、頭を撫でてくれることも、この先、未来永劫ないということを、私は理解し、涙した。
先生と会えて楽しかった、だから私は笑う。
先生と別れて悲しかった、だから私は涙する
先生と会えて嬉しい、だから心があたたかくなる。
先生と別れて寂しい、だから、こんなにも、心が、苦しい。
「…わかりました、先生。心って、不思議です。嬉しい、悲しい、楽しい、寂しい…たくさんの気持ちが詰まっている…なんて、なんて、深く、切ない…。」
貴方が私に何を求めて、私をお造りになったのか。何が貴方の望みだったのか。やっとわかりました、先生。
一人は寂しい…だから、私をお造りになったのに…気付くのがこんなに遅くなって、ごめんなさい。私は少しでも、貴方のお役に立てたでしょうか…
その時既に、私の身体はショートしていた。コンピューターの残りダウンロード容量には「∞」が表示されている。
心は私の許容を遥かに超えていた。私に備え付けられた、あらゆる機能が停止する前に、私は…
※西暦2987年。
「土井先生、メールです。」
「ありがとう、兵助。悪いが今手が離せないから、読み上げてくれないか。」
「はい。差出人は、久々知兵助。送信日は、10年後の今日です。」
「…、…何だって?」
「読み上げます。本文:土井先生…」
土井先生…ありがとうございます。
この世に私を生んでくれて、ありがとうございます。
先生に会えて良かった、先生と過ごせて、幸せでした…遅くなって、ごめんなさい。
もう貴方は一人じゃありません。
貴方が寂しい時、私を抱きしめてください。貴方が悲しい時、私を膝に乗せてください。
そうすれば、いつか、きっと、必ず、わかりますから、気付きますから…だって今、とても心があたたかいんです。
ありがとう、先生。
本当に本当に、ありがとう。
…私を、先生の家族にしてください。
end.